あと70日

いつもお世話になっております。方丈ラッコです。

今日はボイメンと一切関係ない話ですが、日記を書かせてください。

本当にボイメンと関係ないお話で、誰のためにもならないような話ですので、読まなくていいし星もいりません。始めてきてくれた方は、どうぞ他の記事をご覧ください。






私の友達のなっちゃんの話です。

彼女は、私の高校時代の友人です。
弱小合唱部の同級生で、同期に女子は私となっちゃんだけ。
私が3年になる年には、部員は10人程度でした。コンクールで賞をとることよりも、みんなが楽しく歌うこと、みんなが楽しんでくれることを大切にしていた部でした。
私となっちゃんは高校一年生の時に合唱部の見学で出会って、クラスが同じだったこともあってすぐに仲良くなりました。田舎の中学からやってきて不安だった私の最初の拠り所でした。
高校時代はなっちゃんも私も、社交的な方じゃなかったので、クラスでは目立たない二人だったけど、部活では各々自分を出して楽しく過ごしてました。先輩にも後輩にも恵まれて、部活がすごく楽しかった。顧問の先生はいわゆるおばあちゃん先生で、いつもにこにこしてる優しい方でした。

高校を卒業するときには私にもなっちゃんにも少ないけどそれぞれ親しい友達ができて、私は大学に、なっちゃんは専門学校にいきました。
卒業後も歌っていたくて、一般の方がやってる合唱団に二人で入りました。
高校でもその合唱団でも、背格好が似てて誕生日も近くて2人で話し出すと止まらない私達は、双子だとか言われてワンセットでまとめられていました。

私はすごく不器用だから、バイトと勉強とオタクと合唱を全部やってくのが大変になって、2年くらいで合唱団を辞めてしまいました。今思えば、他の団員がいい人ばっかりだったとはいえ、残されるなっちゃんに申し訳なかったと思ってます。

それからなっちゃんは就職して私は大学やバイトで忙しく、一緒に遊ぶ機会は年に3、4回まで減りました。Twitterでいいね送りあったりちょっとリプしあうくらい。
でもなっちゃんは合唱団の定期コンサートのチケットを毎回私に渡して招待くれました。

高校の時に比べたら、お互いもっと親しい友人もできてるし疎遠になったなぁなんて思ってたけど、取り繕わずなんでも話せる関係はすごく居心地がよかった。
私はバイトや学校やボイメンの話、なっちゃんは仕事や趣味や家族の話。
近況報告をしあって「お互い元気そうでよかったね」となっちゃんからチケットをもらって帰る、いつもそんな感じでした。







昨日の夜7時頃だったでしょうか、突然高校の時の顧問の先生から連絡がありました。

今朝の新聞に、なっちゃんの訃報が載っていたとのことでした。

亡くなったのは2日前。その間私は何にも知らずに実習で子どもと遊んで、講義受けて、友達と遊んでました。どういうことだ。





彼女は躁鬱でした。
最後に遊んだのが2週間前。定期コンサートのチケットを渡したいからとなっちゃんに誘われました。
この日は元気そうで、一緒にパンケーキ屋さんにいって、写真とってお互いのTwitterのリアルじゃない方のアカウントに写真あげて、近況報告しあって、カラオケ行って、駅で別れました。
すごくいつものなっちゃんでした。死期と仲間や上司に恵まれてるって話を聞いて、安心していました。
突然の知らせで、言葉もなかったし、そもそも理解ができなかった。

先生に最後にいつあったかとかそのときは元気だったかとか聞かれたときも、割と冷静だったように思います。

実感というか、現実味が無さすぎました。
その時どういうわけか、私は中断してた晩御飯作りを続行しました。
ご飯つくって、洗い物して、お風呂はいって、知人からのメールに返信して、友達とLINEしてぐっすり寝ました。誰にも会う気分じゃなかったこと以外は、普通に過ごしてました。

ある意味冷静じゃなかったのかもしれません。
頭は、なっちゃんのことも、明日提出のレポートのことも、葬儀のマナーってどうすればいいんだろってことも、読みかけの本のことも、ボイメンのことも、全部ごった煮で考えてました。
普通は泣いたり、なっちゃんのことで頭一杯になったりするのに。
亡くなったことは分かっちゃいるけど、でも分かってない。翌朝になった今も、こうして冷静に日記を書いてます。自分は人の心が分からないなんて言ってたけど、もしかして人の心がそもそもないのかもしれません。

今日は葬儀です。でも、葬儀の時間にだって授業はあるし、レポートを印刷して提出しにいって先生に挨拶して子ども達の姿を見に行かなくてはならないし、明日はバイトもテストもあるし、明後日提出の課題だってある。
人が亡くなっても時間は止まってくれないし、やるべきことも待ってはくれないんだなって、当たり前のことを思いました。

結局、授業さぼってレポート提出してからその足で葬儀にいくことにしました。

彼女が、自分の病気のことを打ち明けてる場所を知っていたので、行って彼女が亡くなった日の言葉を見に行きました。
彼女は全然元気なんかじゃなくて、生きてる意味が分からないなんて言ってました。
私と遊ぶことは彼女にとっての生きてる意味じゃなかったのかな。当然関係が疎遠になった私の存在なんてものはなっちゃんの心を支えられるほど影響力のあるものじゃないんだけど、私にはなにもできなかった。

高校の時から私はダメな部長で、沈みがちな彼女をこれっぽっちも助けてあげられなかった。
私がなんか声かけてたりしてたら変わったんだろうか、私はいつもことが終わってからダメな自分に気付く奴なのですが、今回は本当に取り返しがつかない。

昼頃葬儀です。葬儀でなっちゃんのことをようやく現実のものとして受け入れられるのでしょうか。今身体に乗っかってる、よく分からない重いものをおろせるのでしょうか。

気持ちの整理のために書いたブログです。失礼しました。

支度を、してこようと思います。